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ミュージカル『エリザベート』を10倍楽しむためのヨーロッパ史(第1回)

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minka2507によるPixabayからの画像

皆さんはミュージカル『エリザベート』をご存知でしょうか?

『エリザベート』はオーストリア=ハンガリー帝国の皇后エリザベートの生涯を描いた、ウィーン発のミュージカルです。

1992年にウィーンで初演されたあと、日本では1996年に宝塚歌劇団で初演、2000年には東宝版もスタートし、以降人気ミュージカルとして上演がくりかえされています。

 

今回は、そんな人気ミュージカル『エリザベート』の物語の背景となる近世・近代ヨーロッパ史について解説します。

もちろん、時代背景など知らなくても『エリザベート』はじゅうぶん楽しめます。しかし、背景を理解すれば、劇中のセリフの意味がよりわかるようになり、さらに楽しめるのではないかと思います。

 

ヨーロッパ史を学ぼうと思ったきっかけ

わたしは『エリザベート』が大好きで何度も観ています。このミュージカルは楽曲や世界観が素晴らしくて、観るたびに物語に引き込まれてしまいます。

元月組トップ娘役の愛希(まなき)れいかさんの大ファンということもあり、彼女が出演していた月組公演や、退団後に出演した東宝版の公演を観にいきました。

それ以外にも、過去の宝塚版の公演(主演は明日海りおさん、朝夏まなとさん、春野寿美礼さん)も録画で観劇しています。

 

一方で、『エリザベート』は物語の舞台が19世紀後半のオーストリア宮廷であるため、国内政治や他国との外交の内容もいくらかはセリフに含まれるのですが、、、

わたしは学生時代に世界史を専攻したことがなくヨーロッパ史にはかなり疎いため、劇中のセリフの意味がわからない部分がありました。

 

そんなあるとき、「わたしもヨーロッパの歴史に詳しくないから、ブログで書いてくれたら読んでみたい」と言った妻のひとことがきっかけで、ヨーロッパ史について調べたことをブログにまとめてみようと思いたちました。

(ちなみに妻は宝塚歌劇の大ファンであり、わたしを宝塚の世界に引き込んだ張本人です)

ヨーロッパ史に詳しい方からみたら不正確な部分もあるかもしれません。

でもわたしと同じようにヨーロッパ史にあまり詳しくない方が、『エリザベート』をこれまで以上に楽しめる手助けの記事になれば幸いです。

 

エリザベートのストーリー

まず最初にミュージカル『エリザベート』のストーリーを簡単に紹介します。

作品の舞台は19世紀後半のヨーロッパです。

ドイツ地方・バイエルン王国公爵の次女として自由な環境で育ったエリザベート。彼女はお勉強よりも馬に乗ったり男の子と一緒に遊ぶのが好きという活発な女の子です。

そんな彼女は、偶然にもオーストリアの若き皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められ、16歳の若さでオーストリア皇后となります。

 

彼女が嫁いだのはヨーロッパで600年の歴史を持つといわれる名門ハプスブルク家。名家の伝統と格式を引き継いでいる姑ゾフィーの花嫁教育は「ハンパなく」厳しいものでした。

自由に育ったエリザベートはやがて耐えきれずにヨーロッパ中を放浪する旅に出るようになります。そんな彼女と、時代に翻弄される名門ハプスブルク家の運命はいかに、、、

 

また、本作はエリザベートに影のごとく寄り添って誘惑する『死』という存在が具現化して登場します。それが黄泉の帝王トート閣下です。

『死』の象徴だけに凍った心をもつトート閣下ですが、エリザベートの美しさや生命力に惹かれて恋におちます。

エリザベートと皇帝フランツ、そして黄泉の帝王トート閣下の奇妙な三角関係は、この作品の大きな特徴であり魅力です。

 

18世紀のヨーロッパで何がおこったか

ここから作品の舞台となるヨーロッパの歴史について解説していきます。

まず最初に、エリザベートが生きた19世紀よりも少し前の時代、18世紀のヨーロッパについてお話します。

18世紀のヨーロッパはそれまでの時代とくらべて大きな変化があった世紀であり、そこで生じた変化が19世紀以降のヨーロッパ史の方向性を決定づけることとなります。

 

1. 人口の増加

ヨーロッパの歴史の中で18世紀が大きな転換期となった理由のひとつは『人口の増加』です。

17世紀以前のヨーロッパでは、人口の推移は増えたり減ったりをくりかえしていました。

人口が減る原因は、現代日本の高齢化や出生率の低下とはまったく異なり、『飢餓』『疫病』『戦争』の三大要因だったといわれています。

 

人口が増えはじめると、飢饉や食糧難によって栄養失調となり、病気が流行して死亡率が急増する。それに戦争が追い討ちをかける、という状況でした。

とくに疫病は恐ろしく、『ペスト』は何世紀ものあいだヨーロッパ各地に大きな被害をもたらしました。

中世にあたる14世紀なかばの大流行では、ヨーロッパの全人口の三分の一を死亡させたと推定されているそうです。

 

人口の三分の一って、まさに地獄ですね、、、

 

ちなみに、2020年のいま世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルス感染症による死亡者数の人口比率は、2020年5月初旬のイタリアで100万人中500人(0.05%)未満です。

われわれは医療崩壊が起こっているイタリアのニュースをみて怖いなと感じます。でも14世紀ごろのヨーロッパは、現代からは想像もできないほど厳しい環境だったんですね、、、

 

さて、中世以前に人口激減の一因だったペストは、西ヨーロッパでは17世紀末から18世紀前半にかけて、徐々にその姿を消していきました。

また、農法の技術改良によって穀物の収穫率が向上し、食料事情がよくなったことも、人口増加の追い風となりました。

 

このような事情により、ヨーロッパでは18世紀を境にして人口が大きく増えていきます。

人口の増加は「豊富な労働力」を生み出すことにもつながり、経済的な発展を下支えする要因となります。

 

2. 自由と平等を求める思想(啓蒙思想)の発展

死亡率が低下し、人口が増えて経済的な発展が進むにつれて、人々の生活もより豊かになっていきます。

日々を生きることに精一杯だった時代と比べて、わずかでも「ゆとり」が生まれることで、「もっといい生活をしたい」「人生をより豊かにしたい」と考える時間も増えていったのではないでしょうか。

 

当時のヨーロッパでは王族や貴族など一部の支配階級だけが裕福な暮らしをしており、大多数の庶民は貧しい生活を強いられている状況でした。

そのような状況を克服したいという欲求、より具体的には「労働や経済活動の自由、政治への参加や財産所有の権利などはすべての人に平等に与えられるべきである」という人権にかかわる思想が発達していきます。

 

このような思想を『啓蒙(けいもう)思想』といいます。

 

啓蒙とは「光で照らされること」を意味しています。

中世からつづいていた迷信に満ちた考え方を排除し、より合理的かつ理性的に世の中をとらえていきたいという意思が、啓蒙思想の根底にあります。

啓蒙思想の発展は大きなうねりとなり、ヨーロッパ各国において歴史を動かす原動力となっていきます。

 

長くなったので今回はここまでとし、この続きは次回の記事にしたいと思います。

最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。 

 

【参考文献】

・福井憲彦『近代ヨーロッパ史 世界を変えた一九世紀』筑摩書房

・小池修一郎『エリザベート 愛と死の輪舞』角川文庫

人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【国別】

 

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